こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

声優夫婦の甘くない生活

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窮屈な故国を捨て新天地に移住したのに、そこで待っていたのは予想外の暮らし。夫婦ふたりだけのつつましい生活を維持するのがやっとの収入しか得られず、国家が面倒を見てくれることになれた身にはつらいことばかり。物語は、旧ソ連崩壊後にイスラエルに移住したユダヤ人老夫婦が人生を見つめなおしていく過程を描く。ふたりとも声優としてそれなりのキャリアを積んでいた。欧米の名画の吹き替えでは第一人者だった。だが、もはやロシア語はそれほど必要とされず、需要があるのは同じ境遇の移民社会だけ。そんな環境でも妻はいち早く新生活に溶け込む努力をしてカネを稼ぎ始めるが、夫はプライドが邪魔をしてなかなか仕事にありつけない。やがて、積年の不満が爆発する。ガスマスクが市民生活に染みついた戦争の影を象徴していた。

ヴィクトルとラヤ夫婦は職探しを始めるが、声優の仕事はない。ヴィクトルは海賊版ビデオの吹き替え、ラヤはヴィクトルに嘘をついてテレホンセックスのキャストとして働き始め、人気嬢になる。

ハリウッド映画からイタリアの名画まで、あらゆるセリフをそらんじるヴィクトル。旧ソ連人ならだれもが知る声を持っているにもかかわらず、イスラエルでの評価は低い。少しずつ明らかになるヴィクトルの輝かしい経歴、時代遅れになった男の悲哀は壮大な失敗に終わった社会主義を強烈に皮肉っていた。一方のラヤの仕事は、本人の才能と努力次第で指名が入る実力主義。自由競争こそが創意工夫を生み人間を進歩させひいては社会を発展させ豊かにすると訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ヴィクトルがラヤの秘密を知ったことからふたりの間の格差が表面化、稼ぎの少ないヴィクトルを見捨ててラヤはアパートを出る。そして出会った男との楽しいひと時。目まぐるしく転変する世界の中で生き残るには、過去の実績にしがみつくよりも、どんな困難な状況でも柔軟に受け入れ己の出来ることをきちんとやる能力が必要とこの作品は教えてくれる。人間、生きていくには愛よりも経済力がものを言うのだ。

監督  エフゲニー・ルーマン
出演  ウラジミール・フリードマン/マリア・ベルキン/ アレキサンダー・センドロビッチ/エベリン・ハゴエル
ナンバー  228
オススメ度  ★★★*


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この世界に残されて

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家族を奪われた哀しみにゆえに感情を失った男は産婦人科医としての職責をまっとうしようとしている。両親を亡くした少女は怒りゆえに不満が胸に渦巻いている。物語は、第二次大戦終戦直後のハンガリー、心に深い傷を負ったふたりの交流を描く。男は少女に自分の子供を投影し、少女は男に父の面影を見る。ところが親密になるにつれふたりの関係を疑う者が現れる。元々あまりなかった自由がさらに窮屈になっていく。友人に忠告される。どこに出かけても見張られている気がする。深夜に隣人が逮捕されたまま戻ってこない。それでも収容所よりましと、息が詰まりそうな日常の中、ふたりは彼らだけの時間を愛おしむようになる。抑制の効いた演出は、彼らの “戦後” がベルリンの壁崩壊まで続いたことを暗示する。

医師のアルドは診察に来たクララの積極さに押され、彼女の保護者の許しを得た上で、勉強を手伝う名目で預かる。クララは気まぐれで大胆で、アルドの気持ちは日々乱されていく。

クララの両親も知識人だったのだろう、彼女はアルドのためにドイツ語雑誌を翻訳し、フランス語も話せるという。泊った夜にはアルドのベッドに入ってくるので、アルドはソファで寝なければならない。最初は戸惑っていたアルドだったが、距離感の取り方がわかるとクララとの生活を楽しめるようになる。だが共産党員による監視が強くなるとたちまちふたりによからぬ噂が立つ。このあたり、せっかくホロコーストを生き残り新たな一歩を踏み出した矢先なのに、また生きづらくなる予感が漂う。「ソ連の影響下に入った元枢軸国」という、著しく人権が制限された環境に置かれたユダヤ人の、運命に翻弄されながらも流れに身を任すしかない人生が切なくもリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

クララの思いを知っているのに一線は越えようとはしないアルド。大切な肉親を戦争で失った者同士、相手の空白を愛で埋められても、決して恋には発展しないと理解しているからだ。アルドにとってクララの思い出が希望になったに違いない。

監督  バルナバーシュ・トート
出演  カーロイ・ハイデュク/アビゲール・セーケ/マリ・ナジ/カタリン・シムコー/バルナバーシュ・ホルカイ
ナンバー  227
オススメ度  ★★★


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約束のネバーランド

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やさしいママと仲のいい兄弟姉妹に囲まれた幸せな暮らし。子供たちは引き取り手が決まるまで満ち足りた人生を送ることができる。彼らが身を包む純白のコスチュームは純真無垢の象徴、まるで羊の群れのように疑うことも抗うことも知らず、ママを信じ言いつけに従っている。物語は、平和な孤児院に潜む秘密を知った少年少女が、周囲を高い塀に囲まれた施設から脱走を試みる姿を描く。孤児たちは鬼の食料になるために育てられている。出荷されるとすぐに殺される。ぐずぐずしていると自分の番がやってくる。幸い監視は緩く、仲間を集め作戦を練る時間も場所も十分にある。だがいつの間にか計画は洩れている。なにを信じればいいのか、誰を頼ればいいのか。リーダー格の3人が作戦を練り訓練し実行に移す過程は意外性に満ちていた。

ママと鬼が取引している現場を目撃したエマとノーマンはレイに打ち明け、施設から逃げ出す計画を練る。エマは子供たち全員を連れていくと主張するが、ママは新たにクローネを見張り役に据える。

彼らの体には発信機が埋め込まれていて、どこにいてもママに居場所を管理されている。一方で、逃走用具を手作りし、子供たちに体力をつけさせるための訓練も施さなければならない。エマとノーマン、レイは討議を重ね実行可能なプランに煮詰めていく。常に希望を胸に抱きひとりの脱落者も出さないように気を配り、笑顔を忘れずに自らの意志を貫くエマには、21世紀における女性リーダーの理想像が投影されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

この映画の対象となる小学生が理解するためにわかりやすくしているのだろう、台詞まわしが説明的で俳優たちの演技も大げさな学芸会のよう。そもそも、幼少時から育てているのだから、ある程度教育で洗脳すれば子供たちは従順になるはず。死といった概念を教えなければ脱出したいなどとは思わないだろう。原作コミックの設定を変えるわけにはいかないが、そもそもサバイバルのスキルがない子供たちは孤児院の外で生きていけない。

監督  平川雄一
出演  浜辺美波/城桧吏/板垣李光人/渡辺直美/北川景子
ナンバー  223
オススメ度  ★★


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ワンダーウーマン 1984

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八頭身の長身に長い手足、均整の取れたプロポーションの鍛え上げられた女たちが、SASUKE風障害物レースに挑む。圧倒的な身体能力で次々と関門をクリアしていくプロローグはスリルとスピード感に満ち、スクリーンに目をくぎ付けする。物語は、女だけの超人族から来た戦士が20世紀の米国に迷い込み、暴走する欲望を止めるために奮闘する姿を描く。もう70年もこの次元にいるのにまったく老いていない。パワーの使い方は洗練され、ローカルな事故を未然に防ぎ暴力犯罪は魔法のロープで解決していく。そんな彼女もやっぱり女、愛した男を忘れられずにおひとりさまを貫いているあたりが健気だ。ヒロインの恋人以外、男はみなバカで強欲か優柔不断で無責任。一方で女は強く賢く美しい。徹底した女性至上主義はかえって清々しい。

願いを一つだけ叶える石・シトリンの鑑定をするバーバラは、ダイアナのようになりたいと願う。詐欺師のロードはバーバラからシトリンを奪い、自分自身にシトリンの効能を移植する。

ダサイ恰好だったバーバラは見る間に垢抜けた美女に変身。ロードは他人の願いを叶える見返りに莫大な富と権力を手に入れていく。ダイアナは戦死した恋人・スティーブとの再会を願うと、外見が違うスティーブが現れる。だがシトリンの代償はダイアナのパワーを徐々に削いでいく。それは仕事と恋の両立に苦労する現代女性の悩みそのもの。現場に出てバリバリ活躍することを運命づけられた彼女の、スティーブのせいで思う存分力を発揮できないもどかしさがリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて大統領をもしのぐ影響力を握ったロードは、さらに全人類のよこしまな欲望を実現させる手段を画策、人々は我を忘れ世界は混沌におちいり全面核戦争の危機が迫る。それはまさに自由競争の果ての人間の醜い真実。少数の勝ち組がほとんどの富を独占する21世紀の資本主義に通じている。そしてその結果生まれる、行き過ぎた社会の不平等を打ち破るのも女たちのパワーにほかならないとこの作品は訴えていた。

監督  パティ・ジェンキンス
出演  ガル・ギャドット/クリス・パイン/クリステン・ウィグ/ペドロ・パスカル/ロビン・ライト/コニー・ニールセン
ナンバー  224
オススメ度  ★★*


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https://wwws.warnerbros.co.jp/wonderwoman/

ジャスト6.5 闘いの証

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逃げる売人は、迷路のごとき狭い路地を全力疾走し、交通量の多い道路を横切り、金網の向こうの工事現場に飛び降りる。追う刑事は、少し出た腹をゆすり息が上がりそうになりながらもあきらめない。だが売人は姿を消す。プロローグ、いきなり仕掛けられた意外な展開には思わず息をのんだ。物語は、麻薬組織のボスと熱血刑事の暗闘を描く。麻薬取引の温床となっているスラム街、土管を寝床に暮らす100人超のホームレス一斉取り締まりが壮観だ。男たちはいわくありげに商談し、女たちは炊事洗濯に勤しんでいる。子供は水で遊び老人は暇を持て余している。警察は人海戦術でひとり残らず引っ立て、狭い留置場に彼らをすし詰めにするのだ。死刑も10人ほどが一斉に執行される。麻薬犯罪撲滅への取り組み以上に、イランにおける人権意識の低さと命の安さが印象的だった。

麻薬課の刑事・サマドは末端のディーラーを逮捕、脅迫めいた取り調べで組織のボス・ナセルの居場所を突き止める。強制捜査をかけるが、ナセルはすでに睡眠薬で自殺を図っていた。

莫大な富を築いていたナセルはサマドを買収しようとする。桁違いの金額に一瞬心が動いたふりをするが、きっぱりと断るサマド。その後もナセルは拘置所内の便利屋から携帯電話を借りて外部と連絡を取り、あの手この手でサマドに揺さぶりをかけてくる。戒律の厳しいイランでは麻薬犯罪は死刑、ナセルは覚悟を決めているのか、家族の心配ばかりしている。一方で、サマドは部下と対立し、お互いに手錠をかけたりかけられたりと忙しい。さらに検事と裁判官を兼ねたような法務官も登場する。このあたり、警察の命令系統や司法制度が複雑でわかりづらかった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ナセルをはじめ容疑者たちはすぐに仲間を売る。サマドたち警察官も同僚と信頼関係を築けておらず、油断すると足元を掬われる。もはや善悪の境界線はあいまい、ただ権力の側にいる者が有利なだけで、誰もが生き残ろうと必死にもがいている。そんな中で、家族を思うナセルの気持ちは本物だった。

監督  サイード・ルスタイ
出演  ペイマン・モアディ/ナビド・モハマドザデー/ファルハド・アスラニ/パリナーズ・イザドヤール
ナンバー  202
オススメ度  ★★★


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http://just6.5andwarden.onlyhearts.co.jp/

チャンシルさんには福が多いね

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映画製作にかかわりたくて全身全霊を捧げていた。気が付けば40歳、それなりの結果を残してきたつもりだった。なのに、敬愛する監督が急死すると自分の経歴を全否定される。物語は、突然失職したプロデューサーが自身を見つめなおす過程で、本当にやりたいこと、本当にやるべきことに気づくまでを描く。現場ではスペシャリストではなく、全体を見渡すゼネラリスト。縁の下の力持ちに徹し、集まった才能を最大限に生かすのが使命と己は決して表にはでない。しかしその分、年下のスタッフや若い女優からは信頼されている。そんな彼女が狭いアパートで再出発すると、まったく違う生き方が見えてくる。食べていくための労働、何年ぶりかの恋、あきらめたはずの夢。新鮮な気持ちを失わなければまだまだ人生はやり直せるとヒロインは訴える。

日銭を稼ぐために新進女優・ソフィーの家政婦になったチャンシルは、フランス語の家庭教師・ヨンと知り合う。ヨンも映画監督を目指していたが、ふたりの映画の好みは正反対だった。

東京物語」を退屈とヨンに言われ傷つくチャンシル。でも、一方でヨンが気になり、妄想を膨らませたりもする。レスリー・チャンと名乗る白下着の幽霊と会話したり、大家のハルモニに字を教えたりもする。大切な仕事は失ったけれど、余った時間が出会いを生み出す。さまざまな人との触れ合いがチャンシルの日常を変えていく過程は、危機感よりはむしろ周囲に流される心地よさに身を委ねているよう。肩ひじ張って運命に逆らわず、控えめな笑顔を忘れない。そこはかとなく漂うユーモアがチャンシルをよりチャーミングに見せていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ヨンとの関係を発展させたいチャンシルは、ソフィーの家を一緒に出て語り合ったり、弁当を作って職場に押し掛けたりと積極的な行動に出る。ところがその先に待っているのは思い通りにならない現実。それでも、その経験がもう一度進むべき目標を示してくれる。頑張るだけではダメ、小休止と回り道も少しは必要とこの作品は教えてくれる。

監督  キム・チョヒ
出演  カン・マルグム/ユン・ヨジュン/キム・ヨンミン/ ユン・スンア/ぺ・ユラム
ナンバー  198
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://www.reallylikefilms.com/chansil

ニューヨーク 親切なロシア料理店

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人助けに生きがいを感じているナース。何をやっても不器用で世間からつまはじきにされた若者。子連れで逃げ出し行き場を失った母親。彼らが頼るのは、歴史は古いが味もサービスもイマイチなロシア料理店。物語は、冬のNYで他人の温もりを求めて集った人々の触れ合いを描く。若くして妊娠・結婚・出産を経験した女は、2人の息子と街をさまよいながら窃盗を繰り返す。なんのスキルもなく定職に就いたこともない彼女には働くという概念がなく、好意にすがるしかない。でも、息子への愛情は強く、軽犯罪を犯しても彼らを飢えさせないと心に決めている。そんな、社会から落ちこぼれた彼らに対して、なんとか生きてもらいたいと望む人々もいる。厳しい競争だけではない、他者への親切もこの大都会の魅力なのだ。

クララは息子たちをクルマに乗せてマンハッタンに到着するが、すぐにクルマを失いホームレスになる。教会を訪れると看護師のアリスからベッドを借り一夜を過ごすが、次男が凍えてしまう。

日中は誰にでも門戸を開いている図書館で時間をつぶすクララ。息子たちには、困っている人からは盗まないと言い訳しながらも、デパートで万引きし、パーティ会場から無断で食べ物を持ち出し、託児所でシャワーを借り、レストランのクロークからコートを拝借する。警官でもあるDV夫に追跡されているために公的機関をあてにできず、ボランティアの炊き出しでやっとまともな食事にありつくシーンが衝撃的だ。コロナ禍で仕事を失った人々が初めて迎える年末、事情は違えども彼女たちのような家族が日本でも急増しそうで切ない気持ちになった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

マークが支配人を務めるレストランに忍び込んだクララは、客でもないのに追い出されもせず、むしろ部屋を提供される。だがマークの下心を疑った長男が猛烈に抵抗する。クララのような、経済的観点から見ると役立たずの女でも、息子にとってはたった一人の大切な母親。母子の深い絆はカネや物質的豊かさでは測れない貴重なものだとこの作品は教えてくれる。

監督  ロネ・シェルフィグ
出演  ゾーイ・カザン/アンドレア・ライズボロー/ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ/タハール・ラヒム/ジェイ・バルチェル/ビル・ナイ/ジャック・フルトン/フィンレイ・ボイタク=ヒソン
ナンバー  222
オススメ度  ★★*


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http://www.cetera.co.jp/NY/