こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ミナリ

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新天地と思って引っ越した先は粗末なトレーラーハウス。出入り口に階段はなく嵐の夜には雨漏りする。妻は行く末を心配するが夫は希望でいっぱい、子供たちもすぐに新しい環境になじんでいく。物語は、米国中部の農村地帯で一旗揚げようと移住した韓国人一家の日常を追う。水源に恵まれない耕作放棄地を一から作り直す。井戸を掘り、トラクターで耕し、苗を植える。その合間に孵卵場でひよこの雌雄判別をする。日曜日には教会の礼拝に参列する。だが、韓国野菜で一旗揚げる夢はさまざまな困難に直面し、現実を受け入れなければならない。そんな時、救われるのは不思議な魅力を持ったおばあちゃんの存在。英語は話さず働き者だけどちょっと感覚が違う。あくまでもポジティブなマイペースを崩さない彼女のキャラが人生の豊かさを教えてくれる。

ジェイコブとモニカ夫妻は娘・アン,息子・デヴィッドと共にアーカンソー州の高地で野菜の栽培を始める。その後、子供たちの面倒を見させるためにモニカの母・スンジャを呼び寄せる。

心臓が弱いデヴィッドは走れない。スンジャは彼を連れて森の奥の小川を探検し、川べりにセリの種を植える。セリはジェイコブが育てる作物とは違い、手を掛けなくても勝手に育つ。それは、一旗揚げようと仕事に熱中するジェイコブと家族の心配ばかりしているモニカの気持ちとは反対に、物事はあれこれ考えてもなるようにしかならないと諭しているよう。また、使用人のポールが日曜になると十字架を背負って道を歩いているが、彼もまた己の運命は神のみぞ知ると考えているのだろう。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

オスのひよこには商品価値がなく焼却処分される。スンジャは脳梗塞の後遺症で右手が動かなくなっても家事を手伝おうとする。ところが役立たずと思われるのが嫌で無理に体を動かし、その結果自分が炎に囲まれる羽目になる。呆然としたまま立ち去ろうとするスンジャをアンとデヴィッドは必至で引き留める。孫たちの必死の思いは、役に立たない人間なんてこの世にはいない、希望さえ失わなければきっとやり直せると訴えていた。
監督  リー・アイザック・チョン
出演  スティーブン・ユァン/ハン・イェリ/アラン・キム/ノエル・ケイト・チョー/ユン・ヨジョン/ウィル・パットン/スコット・ヘイズ
ナンバー  46
オススメ度  ★★*


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https://gaga.ne.jp/minari/

DAU. ナターシャ

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何の変哲もない食堂に集まった男たちが食事の合間に話題にしているのは、大量殺りく兵器の有効性。従業員たちはその話を耳にしても、慣れているのか顔色一つ変えない。物語は、旧ソ連の秘密軍事基地内での日常を描く。ピラミッド型のカプセルに入れられた被験者の生体反応を計測する怪しげな実験室。外国人らしい研究者が地元科学者の指揮を執っている。食堂では若い後輩と反りが合わずフラストレーションをため込んでいる初老のウエイトレスがわが身の不運を嘆いている。2人の女がいがみ合いながらもテーブルをはさみお互いを嫌っていることに乾杯するシーンは、ここ以外に行き場所がない彼女たちの、先の見えない閉塞感が逆説的に再現されていた。

営業終了後、食堂の後片付けをするナターシャは同僚のオーリャに床掃除を言いつけるが、オーリャは帰ろうとする。ある夜、ナターシャは実験施設の指導者・リュックに誘われる。

フランス人らしいリュックとは言葉は通じない。そこは男と女、2人きりになると早速ベッドになだれ込む。彼らは50代なのだろう、すっかり張りを失った肌をさらして肉体をむさぼりあう。初老男女のセックスのリアリティに迫る映像は、抱き合い服を脱がし愛撫し挿入しフィニッシュし余韻を楽しむ、そのすべての過程をカメラに収める。美貌のAV女優と引き締まった男優が演じる煽情的なカラミではなく、うんざりするような行為を延々と見せられるのだ。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、ナターシャは特務機関の取り調べを受ける。尋問と拷問でナターシャの心は折れ、早くこの場から逃れたいと尋問官の言いなりに書類を作成する。ヤマもオチもないエピソードが延々繰り返されるこの作品を見に来た観客は、きっとナターシャの抱える苦悩と苦痛を共有する羽目になるだろう。。。

監督  イリヤ・フルジャノフスキー/エカテリーナ・エルテリ
出演  ナターリヤ・ベレジナヤ/ウラジーミル・アジッポ/オリガ・シカバルニャ/リュック・ビジェ/アレクセイ・ブリノフ
ナンバー  45
オススメ度  ★★


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http://www.transformer.co.jp/m/dau/

ブレイブ 群青戦記

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霧が晴れるといきなり武器を手にした雑兵が乱入してくる。鎌や斧を振り上げ、校内を逃げ惑う生徒たちに切りつけ情け容赦なく血祭りにあげていく。巻き添えになった非戦闘員の凄惨な運命が、合戦とは血も涙もない殺戮であると訴える。物語は、キャンパスごと戦国時代にタイムスリップした数十人の高校生が桶狭間の戦いに参戦、奇抜な戦法で奮闘する姿を描く。大半の生徒はスポーツ推薦組で身体能力に優れている。頭脳明晰な特進組も生き残っている。剣道・空手・ボクシング・弓道・フェンシングから野球・アメフトまで、自分たちの特技を生かして足軽たちを迎え撃つ戦いは戦術と戦略の機知に富み、思わぬ異種闘技の面白さを味あわせてくれる。

織田方の武将に襲撃され数人の生徒を連れ去られたのち、松平元康軍に占領された星徳高校。剣道部の熱血主将・松本は弓道部の歴史オタク・西野とともに仲間の救出を元康に願い出る。

それぞれの部から志願者を募り織田方の砦に向かう松本たち。高校生アスリートたちはそもそも人を殺した経験などない。道中、敵と遭遇しても訓練を受けていない兵には通用しても、精鋭部隊には歯が立たない。一応参謀的な役割の西野はネガティブ思考で、競技の腕前は一流なのに自信が持てずなかなか腹をくくらない。松本の跡を継いでも煮え切らない態度のまま。勇猛さだけではすぐに返り討ちに合うが、リーダーが西野では士気も上がらないのではないだろうか。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

織田方の砦に野球部アメフト部などの意表を突いた奇襲で一定の成果は上げるが、人質が監禁されている曲輪までは遠い。やっぱり、人殺しが日常の連中と血など見たことのない高校生をガチで殺し合わせるのは無理がある。暴力をリアルに再現するよりコメディタッチにしたほうが楽しめたのではないだろうか。

監督  本広克行
出演  新田真剣佑/山崎紘菜/鈴木伸之/渡邊圭祐/濱田龍臣/鈴木仁/三浦春馬/松山ケンイチ
ナンバー  44
オススメ度  ★★


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https://brave-gunjosenki.jp/

ビバリウム

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夢に見た新居は清潔だが画一的な住宅街にある。紹介された家は機能的で洗練された家具で統一され、庭の広さも十分。ふたりの未来を築くには申し分のない環境だ。物語は、小さな町に閉じ込められたカップルが、得体のしれない子供を育てていく過程を描く。赤ちゃんは段ボール箱に入って配達されてきた。成長の速度は異常に速く知能も高い。コミュニケーションは取れるが思考は全く読めない。そんな状況で子育てを強要されたふたりは、いやいやながらも役目を果たしている。まったくの不条理に飲み込まれた彼らの戸惑い、怒り、悲しみ、そして心がむしばまれていく過程がリアルに再現されていた。ほとんど表情を変えない子供時代の “それ” が発散する冷酷な不気味さが背筋を凍らせる。

不動産会社従業員に案内されて郊外の新興住宅地を見学に行ったジェマとトムは、家を内覧中に取り残される。出口はなく、携帯電話も圏外で途方に暮れたまま元の家に戻る。

食料や生活必需品は気づかぬうちに段ボールで届けられる。赤ちゃんはほどなく7歳児くらいの体格になり、ジェマをお母さんと呼び始める。食事が遅れると甲高い声で叫びだすその子供に早々とトムは嫌悪感を示し庭の穴掘りに夢中になるが、ジェマはその子供の世話を続ける。このあたり、仕事を口実に子育てから逃げる男と、母性本能に逆らえない女の違いが明示され、子育ては女に負担がかかるという現実が凝縮されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

幼稚園教諭のジェマと庭師のトム、高収入ではない彼らは労働者階級、自らは働かない謎の子供は労働搾取する資本家のメタファー。同じことが繰り返されるのは、身分は固定されたまま次世代に継承されるということか。常に清潔な身なりのその子供は管理する側の「力」を象徴していた。

監督  ロルカン・フィネガン
出演  イモージェン・プーツ/ジェシー・アイゼンバーグ/ジョナサン・アリス
ナンバー  43
オススメ度  ★★*


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https://vivarium.jp/

すくってごらん

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仕事でしくじって東京から田舎町に左遷されたのに、エリートのプライドは捨てきれない。そんな時出会った謎めいた女に彼は心を奪われる。物語は、金魚の産地に赴任してきた銀行員が地元の人々と交流するうちに生きる希望を取り戻していく姿を描く。数字ばかりを追いかけ競争に勝つことに必死だった。大きなプロジェクトを支援し自分の成績を上げることにしか興味がなかった。だが、町の人々はそれぞれの生き方を大切にし人生を楽しんでいる。風来坊のような男の態度に “負け組の屈託ない笑顔” と嫌悪感を示す主人公の選民思想は、世の中を経済的観点からしか見ないビジネスマンの、世界の狭さを象徴していた。なんでも数値化し人の気持ちを計算できない銀行員の心は、金魚すくいくらいでは救われないのだ。

夜、町を歩いていた香芝は金魚柄の着物を着た女・吉乃を見かけ、彼女の後を追う。たどりついた先は、幻想的な店構えのなかで金魚が飼われる金魚屋、香芝は吉乃に金魚すくいのポイを勧められる。

昼間の香芝は仕事に集中することで忸怩たる思いを紛らしている。ところが、本音がつい口に出てしまい、同僚との距離はなかなか埋まらない。営業先の喫茶店の経営改善案を考えたりするなど、一応本店で培ったノウハウを生かしてはいる。一方で吉乃が気になって仕方がない。その間、現状に対する不満や新たな恋の予感など、心に浮かんだ思いを歌にする。一応、ミュージカルという体裁なのだが、歌い出すタイミングや演出が通常の映画話法とは違い、戸惑うとともに新鮮だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

圧巻は、金魚ワゴン車を運転する風来坊がピアノを弾いて歌って踊るライブステージ。あまりミュージカルという表現に慣れていない他の出演者を尻目に、目を見張るパフォーマンスを見せる。これぞ歌の力、感情を全身で表現するダンスのすばらしさ。柿沢勇人扮するこの男の飄々とした立ち居振る舞いは、何物にも縛られない自由の風を感じさせ、勝ち負けでしか人生を判断できない香芝の世界観を笑い飛ばしていた。

監督  真壁幸紀
出演  尾上松也/百田夏菜子/柿澤勇人/石田ニコル
ナンバー  42
オススメ度  ★★*


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https://sukuttegoran.com/

ワン・モア・ライフ!

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死ぬ瞬間、走馬灯のようによみがえるのは美しい思い出。ではなく、フラッシュバックされるのは愛人の何気ない一言だったり客待ちタクシーの順番だったり冷蔵庫の中のライトだったりと、どうでもいいことばかり。人の一生なんて所詮はそんなものという割り切りがコミカルだ。物語は、天国の役人のミスで寿命を延ばしてもらった男が、家族との絆を取り戻そうと奔走する姿を描く。残された時間は92分、その間に妻には「愛している」と告げ、子供たちの信頼を取り戻したい。一刻も無駄にできない。なのに、寄り道ばかりしてなかなか当初の目的が果たせない。ハラハラさせるような演出をせず、主人公もそれほど必死になったりもしない。一応、全力は尽くすけど結果は神のみぞ知る的な割り切りに、肩の力が抜ける。

地上に降りるエレベーターで妻・アガタの元に戻ったパオロは、彼女をうまく言いくるめ夫婦の契りを取り戻す。だが、娘も息子も外出中、きちんと自分の気持ちを伝えるには急がなければならない。

天国の入り口で己の死が信じられず役人に抗議するパオロは、スムージーを飲んでいたのが認められる。このあたり、いくら気を付けていても事故に遭うときは遭うと、行き過ぎた健康志向をあざ笑う。また、息子を迎えに行こうとすると渋滞にはまり、その原因が己の事故だという皮肉がままならない運命を象徴していた。一応娘や息子とも会えるのだが、家庭的ではなかったパオロに対する反応は薄い。むしろウザがられている。残された時間がもう30分もないのに娘とのんきに人生ゲームに興じるあたり、たいしたことを成しえなかった普通の生涯など本人以外に興味はないと訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その間、パオロはさまざまな女と重ねてきた浮気を思い出したりするのだが、いかに情熱的だったかはさておき、後悔もせず懐かしんだりもせず懺悔もしない。何気ない記憶の断片として思い出すだけ。人生とは小さな出来事の連続、だからこそ “今を精一杯生きろ” などという説教臭さとも無縁なのはかえって心地よかった。

監督  ダニエレ・ルケッティ
出演  ピエルフランチェスコ・ディリベルト/トニー・エドゥアルト/レナート・カルペンティエーリ・Jr./アンジェリカ・アッレルッツォ/フランチェスコ・ジャンマンコ
ナンバー  41
オススメ度  ★★*


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https://one-more-life.jp/

水を抱く女

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思いが強すぎるがゆえに、相手に気持ちをうまく伝えられない。その結果、恋に落ちた男たちに災いをもたらしてしまう。物語は、水の力と呼応する不思議な能力を持った女の悲劇を描く。自分を捨てた男に死の呪いをかける。新しく出会った男に対しては、命がけで愛を得ようとする。ところが、幸福でいられるのはわずかな時間だけ。スクラップ&ビルドを繰り返して成長する大都市の中心部にひとり住むヒロインには家族も親しい友人もいない。そのゆえ常に人恋しい。自分の存在を誰かに覚えておいてもらいたい。だが、彼女の孤独を埋める相手は彼女と同様に孤独でなければならない。そんな、寓意に満ちたメタファーとバッハの旋律で彩られた幻想的な映像は切なくも美しい。“土曜の夜の熱狂” が場違いな驚きと懐かしさを醸し出す。

ヨハネスにフラれたばかりのウンディーヌは、カフェでクリストフに声をかけられる。ウンディーヌはクリストフと交際を始めるが、街でヨハネスとすれ違った時の動悸をクリストフに責められる。

会いたいときは「会いたい」と誘い、距離をおきたいきは「話がある」と言う。縋り付くウンディーヌにはもううんざりと言わんばかりのヨハネス。冒頭、別れ話をする彼らの会話は、愛が冷めたカップルの不毛をリアルに再現する。ヨハネスとの関係が吹っ切れたウンディーヌは切り替えも早く、潜水作業士のクリストフにすぐ夢中になってふたりでダム湖に潜る。水の中では彼女は自由、大きなナマズでさえ意のままに操るウンディーヌ。運命に翻弄されつつも一途に愛を求めるウンディーヌの姿は、人間になれない精霊の哀しい未来を予感させる。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

電話で激しいケンカをした後、ダムに行ったウンディーヌはクリストフが事故に遭ったと知る。さらにあり得ない事実を知らされ、原因となったヨハネスに会いに行く。静かにプールに入り水から顔を出したと思ったら有無を言わせず襲い掛かる。ホラー映画のようなウンディーヌの動きは、魔力を纏った者だけが持つ禍々しさに満ちていた。

監督  クリスティアン・ペッツォルト
出演  パウラ・ベーア/フランツ・ロゴフスキ/マリアム・ザリー/ヤコブ・マッチェンツ/アネ・ラテ=ポレ
ナンバー  32
オススメ度  ★★★


↓公式サイト↓
https://undine.ayapro.ne.jp/