こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

ファーザー

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娘の顔は覚えている。どんな話をしたかも思い出せる。だが、時々見知らぬ男が家の中にいる。お気に入りの介護士がいつの間にかいなくなったりもする。物語は、認知症を発症した男の感覚を再現する。年寄り扱いされるのは耐え難い。大切な腕時計が盗まれる。自分のフラットが娘夫婦のものになっている。さらに、怒りっぽいうえに頑固、機嫌がいいと思ってもすぐにへそを曲げる。頭の中は妄想で満たされているが、脳内で起きたことはすべて彼にとっての現実なのだ。延々と繰り返される幻覚は、記憶があいまいになっていくのに意思は明確になっていくこの病気特有の症状をリアルに再現する。認めたくはないが認めざるを得ない。やがて認めるという思考プロセスすらわからなくなる。まなざしは知性があふれているのに言動は正反対、そんな主人公の背中が哀しくも切ない。

介護士をクビにしたことを娘のアンに責められるアンソニーは、すっかり忘れている。アンは夫ともにパリに引っ越すため新たな介護士・ローラを面接に呼ぶと、アンソニーは饒舌になる。

脈絡のないエピソードが繰り返される。知っているはずの人物の名前が出てこなかったり、今いるはずの場所が思っているところと違っていたり。因果関係がまったく成立しない夢を見ているような気分になっていく。ごくたまにアンソニーの認知が正常に戻るときもある、たぶん。アンは、またかという視線をアンソニーに送りながらも父を見捨てられない。ひとつだけはっきりしているのは、アンソニーはアンよりも死んだ次女・ルーシーの思い出を大切にしているということ。かつては知的でやさしく理想的な父だったのだろう。その彼が壊れていく過程を見守るしかない家族の苦悩が、アンの深いしわに刻み込まれていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて徘徊が始まる。施設のベッドで目覚める。アンの夫やルーシーが実は全くの別人だったりする。もはや自分が誰なのかすら理解できなくなるアンソニー。あえて排せつの困難を見せなかったのは認知症患者への配慮なのだろうか。

監督  フロリアン・ゼレール
出演  アンソニー・ホプキンス/オリビア・コールマン/マーク・ゲイティス/イモージェン・プーツ/ルーファス・シーウェル/オリビア・ウィリアムズ
ナンバー  89
オススメ度  ★★★★


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ラブ・セカンド・サイト はじまりは初恋のおわりから

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一夜で恋に落ちた。驚くほど相性が良かった。順調に愛を育み、理想の結婚をしたはずだった。だが少しずつできた夫婦間格差の現実は、ふたりの仲を引き裂いていった。物語は、別次元に生まれ変わった男が、その世界の彼女ともう一度やり直そうと奮闘する姿を描く。ここではしがない中学教師、一方の彼女は夢をかなえている。当然自分のことも覚えておらず、ハンサムな恋人までいる。失って初めて知った彼女への愛。男はあの手この手で彼女との運命を手繰り寄せようとする。だが、元の世界でのルールは一切通用しない。ただ親友だった男は彼を信じてくれる。どうすれば彼女に接近できるか。どうすれば彼女が振り返ってくれるか。対人関係でいちばん大切なのは、相手の気持ちを考えて寄り添うことだとこの作品は教えてくれる。

作家を目指すラファエルはピアニスト志望のオリヴィアと結ばれるが、売れっ子になったラファエルはオリヴィアを顧みなくなる。ある朝目覚めると、周囲の様子に違和感を覚える。

ハイヤーが来るはずなのに迎えに来たのは原チャリに乗ったフェリックス。状況が呑み込めないまま大物のように振る舞うラファエルの戸惑いは、成功を手に入れた者特有のおごりに満ち、むしろ当然の報いのよう。この世界でもフェリックスだけは親友でいてくれる。まったく疑わず事情を察したフェリックスがラファエルに協力する過程は、友情は時に異性間の愛以上に、人生に影響を及ぼしていくと訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後も押しの一手でオリヴィアに接近するラファエル。己の言動を反省し、少しずつ外堀を埋めながら彼女の心をほぐしていく。元の世界のオリヴィアとは別人であるのは理解している。それでも同じ姿をした彼女への思いは止められない。そこでも頭に浮かぶのは、自分が主役のハッピーエンド。しかし己の思いを押し付けるばかりではまた同じ轍を踏む、そう気づいたラファエルの晴れ晴れとした表情が彼の成長を象徴していた。ところでこの世界にいたラファエルはどうなったのだろう?

監督  ユーゴ・ジェラン
出演  フランソワ・シビル/ジョセフィーヌ・ジャピ/ バジャマン・ラベルネ
ナンバー  88
オススメ度  ★★★


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くれなずめ

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いつもつるんでいた。結束は固かった。卒業して10年以上もたつのに仲間たちの記憶は色あせない。物語は、友人の結婚式で久しぶりに集合した高校時代の6人組が、真実から目を背けながら思い出に浸る姿を描く。別にやせ我慢しているわけではない。悲しみを隠しているわけでもない。6人でいることが彼らにとってはごく自然なこと、その思いを各人が共有しているだけなのだ。社会に出て責任のある立場にいる者もいる、家庭を持ち落ち着いている者もいる、いまだ夢を追っている者もいる。もう若くはないけれど,あきらめるほど老け込んではいない30歳のリアルな気持ちが活写されていた。自分を覚えていてくれる、そして時々思い出してくれる。人は己の人生だけでなく、感情を揺さぶる体験を共有した他人の心にも生きているとこの作品は訴える。

披露宴の余興で高校文化祭での赤フン踊りを再現した元男子6人組は、二次会までの時間つぶしに故郷の町をぶらつく。その間話題に上るのは、吉尾にまつわるエピソードばかりだった。

特に部活に打ち込むでもなく、たまたま気が合ってじゃれ合っていただけの6人。共通の思い出は文化祭での赤フン踊り。その経験は彼らの友情をより強固にし、現在の基礎にもなっている。そして再会した時にもう一度あのころのような無邪気さを取り戻す。実は1人足りないのに、足りない1人を含めて足りないことに気づかないふりをしている。そんな、彼らが大騒ぎするほどに、その喪失感が浮き彫りにされていく構成は、過ぎ去った青春時代への憧憬に満ち溢れていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

まだ元気に生きているかのように扱われる吉尾。成仏できないほどこの世に未練があるわけでもないが、やはり残された友人たちの思いが彼を引き留めているのだろう。前半、やたら長まわしのショットで彼らがはしゃいでいるだけの映像を延々と見せられ、その後の展開を少し心配した。ところが、吉尾の死が明らかになった後も変に湿っぽくならず、コメディ仕立てにまとめあげたところが非常に好感を持てた。

監督  松居大悟
出演  成田凌/若葉竜也/浜野謙太/藤原季節/目次立樹/高良健吾/飯豊まりえ/城田優/前田敦子
ナンバー  87
オススメ度  ★★★


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https://kurenazume.com/

湖底の空

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体の性と心の性が違っていた弟はずっと女の子になりたがっていた。彼の願いは大人になって叶ったはずなのに、姉との間には越えがたい違和感が横たわっている。物語は、非常に珍しい「一卵性双生児姉弟」の2人が、人生の転機で新たな関係を築いていく過程を描く。夢を追って外国まで来たのに、チャンスを目の前にすると立ちすくんでしまう。言い寄ってくる男に好意を持っているのに、気持ちとは反対の行動を取ってしまう。妹になった元 “弟” がいつもそばで見守ってくれているのに、一歩踏み出す勇気が持てない。自分だけ幸せになろうとする自分が許せない、そんな、内省的なヒロインのややこしくもどかしい心理の動きが繊細に再現される。照明を使わず不自然なほど暗い食事シーンは彼女の内面を象徴しているのだろうか。

上海でイラストレーターをしている空は、現地の日本人・望月に仕事を紹介してもらう。その後もいろいろ気にかけてくれる望月に、空は、性転換して女性になった妹・海の話をする。

性別など気にせずに生きていた幼いころ。韓国の景勝地で生まれ育った空は、ことあるごとに両親と海のことを思い出している。家族を大切にしているが稼ぎの少ない日本人の父。やさしいけれど生活に追われ疲れている母。日本人の血が混じった変態と地元の子供たちからいじめられる海。よく覚えているのは、海は絵が得意だったこと。望月のアプローチに対しても海という予防線を張って、己の領域にまで踏み込むのを決して許さず、むしろ彼の心をもてあそんでいるかのよう。空の振る舞いは腹立たしいほどに礼儀を欠いていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

望月から依頼があったイラストを完成させる空。あたたかなタッチで再現されたぬいぐるみの寓話は、美しい思い出があれば永遠の別れがもたらす寂しさにも耐えられると教えてくれる。そして明らかになる真実。愛し合い支えてくれる人がいれば、過去を乗り越えられると空の笑顔は訴えていた。生まれた国にいられない落武者暮らしも悪くないと思わせてくれる作品だった。

監督  佐藤智也
出演  イ・テギョン/阿部力/洪明花/武田裕光/アグネス・チャン/ウム・ソヨン/ジョ・ハラ
ナンバー  77
オススメ度  ★★★


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https://www.sora-movie.com/

大綱引の

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地元に400年以上伝わる伝統の綱引き、その先導役に任命されるのはこの上もない名誉だ。だが自分に務まるのだろうか? 物語は、東京からUターンしてきた男が、年中行事を通じて一皮むける姿を描く。もう若くはない。だが、まだ人生をあきらめるほど老け込んでもいない。一応仕事は順調だが恋人はいない。そんな主人公が、家族だけでなく、出会った様々な人々の助けを借りながらまっすぐに生きようとする。ほとんどの住人が顔見知りかどこかでつながっている小さな地方都市、噂はすぐに駆け巡る。評判こそがカネに換えがたい価値なのだ。だからこそ礼儀は欠かせない。綱引きの敵味方双方の一番太鼓が一升瓶を携えてそれぞれの支援者を一軒ずつあいさつ回りする姿は、人と人のつながりこそが伝統を守ると教えてくれる。

工務店の跡継ぎ・武志は仕事だけでなく、引退を宣言した母に代わって家事も担わされ大忙しの日々。折しも、恒例の大綱引きが迫っていて、武志の名も一番太鼓の候補に挙がる。

面倒見のいい武志は韓国人研修医・ジヒョンと出会い、彼女にコクられる。かつて幼馴染の典子とお互いに意識していたのに付き合うまでには至らなかったトラウマか、武志はあいまいな態度。一方で、本心では一番太鼓をやりたいのに、言い出せないまま。周囲に対し濃やかに気を配れる好青年なのに自分のことは後回しにする武志の、やさしさゆえの優柔不断さはいかにも草食系男子だ。自衛隊員となった典子の凛々しい迷彩服姿とは対照的だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

一番太鼓に外れ、ジヒョンとも進展しないまま大綱引き本番の日は迫ってくる。ところが、ひょんなことから一番太鼓を任される武志。引き受けた以上は最後までやり遂げる決意を固める。その間、彼の周辺では様々な秘密と嘘が浮上するが、基本的にはみな善意から出たもの。濃密な関係は人間を善良にするとこの作品は訴える。細い縄を何度も縒り、何時間もかけて太く長い縄に仕上げていく過程が、いかにこの行事が地元民の誇りになっているかをうかがわせる。

監督  佐々部清
出演  三浦貴大/知英/比嘉愛未/中村優一/松本若菜/西田聖志郎/石野真子/恵俊彰/沢村一樹
ナンバー  86
オススメ度  ★★*


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https://ohzuna-movie.jp/

ジェントルメン

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その男の話は真実なのかホラなのか。ディテール豊かに再現された人間味あふれるギャングたちの素顔は、愚かさと奇遇に満ちている。物語は、大麻ビジネスを牛耳っていたボスが引退を口にすると、腹に一物抱えた男たちが一斉に動き出す姿を描く。信頼すると見せかけて出し抜こうとする。殺そうとした相手に殺されかけたりもする。皆が一儲けを企んでいる中、ボスに対する忠誠心はギャングたちのほうが圧倒的に強い。誰が信用できて、だれが裏切るか。二転三転する構成は先を読ませず、ミステリーの定石を鮮やかに覆していく。犯罪者とかかわりたくないからこそ、組織に作った借りをきちんと返そうとするボクシングジムのコーチを演じたコリン・ファレルが、圧倒的な存在感を示していた。没落貴族の生き残り戦略が哀しくも切ない。

一代で大麻の製造・販売ルートを確立したミッキーは,マシューに事業売却を持ち掛ける。そこに中国マフィアやストリートギャングが絡み、誰が敵なのかわからない抗争が勃発する。

探偵が自ら調査したネタでミッキーの右腕・レイを脅すという体裁で話は進む。尾行・張り込み・監視といった基本的なテクニックでミッキーと彼の関係者の身辺を調べ上げた探偵は、事実の上に大胆な仮説を立ててこの騒動の核心に迫ろうとする。必要なら殺人も辞さないミッキーをネタするのだが、探偵のバックにはゴシップ紙の編集長がついている。このあたり、暴力犯罪に手を染めている者に対してはそれなりの報復はするが、知能犯に対しては精神的に追い詰めていくなど、腕力胆力行動力だけでなく知性も備えたミッキーは非常にクールで洗練されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

大麻工場を襲撃したストリートギャングと彼らのコーチを子分にしたり、中国マフィア内での抗争が表面化したり、ゴシップ紙編集長の恨みと探偵の強欲が絡んだり、さらに事態は複雑に推移する。だが、ミッキーは部下たちを完全に掌握している。犯罪に手を染める者ほど上に立つ者の人格が求められるとこの作品は教えてくれる。

監督  ガイ・リッチー
出演  マシュー・マコノヒー/チャーリー・ハナム/ ヘンリー・ゴールディング/ミシェル・ドッカリー/ジェレミー・ストロング/エディ・マーサン/コリン・ファレル/ヒュー・グラント
ナンバー  84
オススメ度  ★★★★


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プロジェクトV

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狭い場所での格闘技対決。水上車・ボート・ジェットスキーが入り乱れる急流での人質争奪戦。金ピカスーパーカーの壮絶チェイス。香港アクションの伝統を忠実に受け継ぎつつも壮大にスケールアップした映像は息つく間もなく波状攻撃を仕掛けてくる。物語は、武器商人に雇われた傭兵部隊と警備スペシャリスト集団の攻防を描く。要人父娘の身柄を狙う組織には、米軍を憎むテロリストがバックについている。警備会社は父娘を命がけで守らなければならない。ロンドン、アフリカ、中東、ドバイと国境をまたいで繰り広げられる手に汗握る展開は、まさしく中国資本のなせる業だ。エンタテインメントに徹しているようでそこかしこにちらつく中共の影に、ジャッキー・チェンが蝕まれているのが哀しかった。もう「香港映画」は「中国映画」と呼ぶべきなのか。

実業家のチョンがオマル一味に誘拐されそうになるが、トンの部下が阻止する。その後オマルはチョンの娘とエージェントのひとりを拉致、トンは中東の要塞都市に救出部隊を派遣する。

ロンドンにはどれくらいの華僑が住んでいるのだろう。トラファルガー広場春節を祝うなど、もはやその存在感は社会にがっちり組み込まれている。一方、要塞都市への奇襲は昆虫や鳥を模したドローンで敵のアジトに自在に入り込みライブ映像と音声を収集している。このあたり、まさしく国民総監視体制で培った技術が応用されているかのよう。中国や中国人を敵に回すとあらゆるデータが盗まれ、利用される。自由やプライバシーは体制側を批判しない範囲でしか許されない、そんな窮屈さが映像からにじみ出ていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ドバイに集結したオマル一味を捕らえるために、トンも部下たちを引き連れて現地に赴く。そこではテロリストの攻撃を米空母に教えるなど、一応米国には気を使っている。そして街中で繰り広げられるカーチェイス。派手なスタントはサービス精神満載なのだが、どこか検閲の跡がちらつく。ジャッキー・チェンの主演作を能天気に楽しめた20世紀が懐かしい。

監督  スタンリー・トン
出演  ジャッキー・チェン/ヤン・ヤン/アレン/ムチミヤ/シュ・ルオハン/ジュー・ジャンティン/ジャクソン・ルー
ナンバー  83
オススメ度  ★★*


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