こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

土を喰らう十二ヵ月

雪深い冬には筵をかぶせた土の中から野菜を掘り出す。春には雪解けの水の中で芽吹き始めた山菜を取る。夏になるとタケノコを煮て梅を干し、秋には炒ったゴマをすりつぶして豆腐にする。物語は、山奥の一軒家で自然と共生する作家の四季を追う。調理器具はシンプルで電子機器はない。山や畑で採れた素材を丁寧に洗い、煮たりゆでたりして味付けする。油は使わない。もちろん肉もない。それでも鼻腔の奥を刺激する香りが上り立つかのような映像は、精進料理という文化の奥深さを象徴する。春夏秋冬、身の回りの食材の旬を知り味を引き出す。食べることは生きることとこの作品は教えてくれる。そして、整理が行き届いた台所や居間、ピカピカに磨き上げられた板の間などが、シンプルかつ気持ちよい生活には手間がかかると訴える。

信州の山奥にひとりで暮らす作家のツトムは禅寺修行で身に着けた料理の腕と習慣を守っている。妻の死後、原稿依頼に来る真知子に手作りの料理を振舞うのが唯一の楽しみになっている。

人里離れた平地の小屋に義母が住んでいる。電気や水道やガスが通っているのかと思える場所で、6畳ほどの居間と土間があるだけ。ツトムよりよほどミニマルで、食事はご飯に漬物か山椒。山椒を欲しがるツトムにあげないなどいけずな面もあるが、秘伝の味噌は気前よく樽ごとくれたりする。ずっと文明を拒絶してきたかのような頑固な生き方は、今はやりのSDGsを実践するにはそれなりの覚悟が必要であると考えさせてくれる。まあここまで性根を据えている人はいないだろうが。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

義母の死体を見つけたツトムは、親戚に葬儀を押し付けられる。棺桶や遺影の手配、さらに自宅に参列者を呼び読経し通夜振る舞いまで作る。その際も、店で買った食材ではなく、自宅近辺で採取したものを使う。彼の料理を食べた村人のこぼれるような笑顔が印象的だった。一方で、ツトムの入院中、ドッグフードを与えられていた愛犬は元気がない。犬の舌まで虜にしていた味は、いったいどんなだっただろう?

監督     中江裕司
出演     沢田研二/松たか子/西田尚美/尾美としのり/檀ふみ/火野正平/奈良岡朋子
ナンバー     214
オススメ度     ★★★


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https://tsuchiwokurau12.jp/

ドント・ウォーリー・ダーリン 

ハンサムで優しい夫、フレンドリーな隣人と上司、きれいに整備された住宅街。家事を丁寧に仕上げた後はプールサイドで主婦同士の井戸端会議。理想の暮らし、完璧な人生。現在にも未来にも心配することなど何もない。物語は、そんな日常に強烈な違和感を覚えた女の葛藤を描く。何も知らなければ、好奇心さえ持たなければ、ずっと幸福が続くのに、心の奥に芽生えた疑惑は日々大きくなっていく。男たちは隠し事をしている。妻たちは感づいているのに目をそらしている。絶対におかしい。真実を突き止めなければ。そう確信したヒロインは、たった一人で反乱を起こす。催眠術をかけるかのような脚ダンス、意識を操られている不快感、現実と見分けがつかない悪夢。それらヒロインの幻覚をイマジネーションあふれる映像がリアルに再現していた。

砂漠の中の住宅地で平凡な毎日を送るアリスは飛行機の墜落を目撃、現場で謎のドームを発見する。その後、主婦仲間のマーガレットが自殺したのを目撃するが、その事実はもみ消される。

自分が見たことを周囲に話しても取りあってもらえない。夫はアリスの心配よりも評判を気にするばかり。医者は過労という。それでもマーガレットの資料が黒塗りにされているのを見たアリスは、己の直観が正しいと確信する。この町の創設者・フランクは懐柔するが、それも罠と見抜く。周囲が敵だらけの状況でひとり闘うアリスの、怒りと焦りと危機感と結局は大きな力で操られているという絶望。それらの複雑に入り混じったアリスの感情をフローレンス・ピューが熱演する。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

やがて、潜在意識の奥に封じ込められていた記憶が少しずつ戻り始める。自分はいったい何をされたのか、本当の自分は何者だったのか。そして夫は誰なのか。VRの流行と共に、現実から逃避してヴァーチャル世界の心地よさから抜け出せなくなり、やがてそちらこそ自分がいるべき世界だと思い込む。現実での絶望の果てに、こんな生き方を望む人が増えるかもしれない危惧を、映画は説得力豊かに訴えていた。

監督     オリビア・ワイルド
出演     フローレンス・ピュー/ハリー・スタイルズ/オリビア・ワイルド/ジェンマ・チャン/クリス・パイン
ナンバー     213
オススメ度     ★★★


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https://wwws.warnerbros.co.jp/dontworrydarling/

あちらにいる鬼

小市民的な良心や道徳など歯牙にもかけない。出会った男に、たとえ妻や子供がいても、とことん愛し抜く。男もまた、嘘で固めた人生の1コマとして、女との葛藤を胸に刻んでいく。物語は、流行作家同士の熱烈な恋を描く。女は夫と子を捨て小説に打ち込む決意をした。男は妻子を持ちながらも手当たり次第に女を口説いている。自分が彼にとってオンリーワンではないのを知りながらも、一番強く心を惹かれている。そもそも恋愛は自由、結婚や家庭に縛られるものではない。魂の苦悩を文学に昇華するためには全身全霊で相手に心を捧げなければならない。その身を焦がすような思いこそが芸術的な価値を高めるのだ。過去の男女関係をほじくり出しては表現者を貶めようとするキャンセルカルチャーの流行に一石を投じる作品だった。

講演先の楽屋で白木と出会ったみはるは彼と付き合い始める。白木には家庭があったが、妻は浮気を見て見ぬフリ。お互いに別の愛人がいながら、ふたりはかけがえのない存在になっていく。

白木の妻・笙子は白木の性愛にきわめて鷹揚に構え、決して嫉妬したりはしない。それだけでなく、白木がノートに書き散らした文章を原稿用紙に清書したり、オリジナルのストーリーを白木に提供したりする。それは、白木に捨てられないための表面的な従順さなどではない。むしろ白木を掌の上で操っている快感を得ている。白木という稀有な才能の庇護者としてその役割を積極的に担っているのだ。どんな女も彼女には勝てない、そう思わせる凛としたたたずまいは、彼女の強さと哀しみを象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

不倫関係はつかず離れずだらだら続くが、白木はローンを組んで家を買う。“家とか家族が象徴する幸福” を手に入れようとした白木に対し、みはるは一切の煩悩を捨て出家する決意を固める。頭にバリカンを入れ、残った髪をカミソリできれいに剃る。その、穢れを落とし身を清めるかのような儀式は、神聖な趣をはらむ。みはるを演じきった寺島しのぶの役者魂は神々しいまでに美しかった。

監督     廣木隆一
出演     寺島しのぶ/豊川悦司/広末涼子/高良健吾/村上淳/丘みつ子
ナンバー     212
オススメ度     ★★★


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https://happinet-phantom.com/achira-oni/

すずめの戸締まり

異界との扉に埋め込まれた要石を抜いてしまった。扉を閉じて鍵をかけなければ大地震に襲われる。物語は、現世を守る重要な役割を担わされた少女の旅を描く。災厄の兆しが見えるのは自分と椅子だけ。誰かに話しても信じてもらえないのはわかっている。でも、原因を作ってしまった以上、命がけで止めなければならない。人が去り放置された場所、でも忘れられずに残っている場所。そんなところに置かれた扉を探し、災厄の兆しを封じるうちに心の片隅に残っている記憶がよみがえっていく。扉の向こうは澄み切った夜空に無数の星が瞬く美しい世界なのに、こちらに向かって醜いものを吐き出してくる。人生が変わる瞬間、それは運命となってヒロインを突き動かす。自己犠牲なんかじゃない、時に無謀な勇気は大地のエネルギーにも匹敵するとこの作品は訴える。


宮崎の廃墟温泉にある扉から飛び出した巨大ミミズ状の邪気を封じた鈴芽と草太。次の禍を防ぐために鈴芽と3脚椅子に変えられた草太は、しゃべる猫・ダイジンを追う。


 SNSを追跡することでダイジンの居場所はわかる。神戸の廃遊園地に現れたダイジンを見つけた鈴芽は観覧車の扉からあふれ出すミミズの阻止に成功する。普通の高校生だった鈴芽がたくましく大胆になっていく過程が躍動感あふれる映像で再現され、己の使命に目覚めた鈴芽が陸橋からジャンプするシーンは目くるめく感覚を味合わせてくれる。スマホさえあれば手ぶらで家出してもなんとかなる、情報伝達スピードを速め長距離の移動を可能にするテクノロジーの進化が、大規模災害を予防できるのではと予感させてくれる。


◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆


その後、保護者の環、草太の友人・芹沢と合流した鈴芽は、クルマで東北の被災地に向かう。途中立ち寄ったサービスエリアでふと環が漏らした本心と、それを重く感じる鈴芽の息苦しさがぶつかり合う。叔母と姪、愛情や信頼で結ばれていてもどこかバランスを欠いる。家族には、夫や父の役割を果たすべき存在が、家計の稼ぎ手という以外にもやっぱり必要なのだ。


監督  新海誠
出演  原菜乃華/松村北斗/深津絵里/染谷将太/伊藤沙莉/花瀬琴音/花澤香菜/神木隆之介/松本白鸚
ナンバー  210
オススメ度  ★★★
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https://suzume-tojimari-movie.jp/

 

ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー

自分たちだけが特別だと思っていた。世界に冠たる価値観を持っていると信じていた。だが、それは思い込みにすぎず、むしろ存在意義を問われ始めている。物語は、超文明を支える物質を持つ山奥の王国と、その国に安全を脅かされた海底王国の戦争を描く。同じ物質は海底にもあった。彼らは独自の進化を遂げ、人類の影響をうけないようにひっそりと暮らしていた。なのに、未熟な若者が彼らの平和を乱してしまった。責任を取らなければならない。一方で同胞を守らなければならない。相手の要求は正当なのに感情は敵対行為として反応してしまう。そして滲み出すエゴ。「黒人で女」というマイノリティの象徴のようなヒロインが怒りに理性を失っていく過程は、ポリコレ的な正義がいかに薄くてもろいものであるかを教えてくれる。

米国の探査船が海底のヴィブラニウムを発見するが、ネイモア率いるタロカン人によって撃退される。ネイモアはワガンダ側に探査機を作った天才技術者・リリの引き渡しを要求する。

王女・シュリと戦士・オコエがリリを保護するが、ネイモアたちの襲撃を受ける。我こそが最強だと思っていたのに歯が立たない、オコエの失望が印象的だ。クジラやシャチの尾びれを利用してジャンプしたり、催眠音楽で敵を操ったりするタロカン人の闘い方が非常に洗練されていた。そして捕虜となったシュリをネイモアが案内するタロカンの海底都市は、非常に幻想的。水中の浮遊感は母の胎内にいるときのような安心感を人々に与えるのだろう。彼らの安寧を侵しながら優位を保とうとするワガンダ人よりも、むしろタロカン人に共感してしまう。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ネイモアによる警告を兼ねた先制攻撃でワガンダは女王を失い、シュリがその地位を継ぐとともにブラックパンサーの称号とバトルスーツも得る。リリや側近の戦士たちもパワードスーツに身を包み女王の弔い合戦に挑む。シュリの心を占めているのは先代女王の復讐。飛び道具に頼らず素朴な武器だけで応戦するタロカン人の戦士たちはあくまでも美しかった。

監督     ライアン・クーグラー
出演     レティーシャ・ライト/ルピタ・ニョンゴ/ダナイ・グリラ/ウィンストン・デューク/ドミニク・ソーン/フローレンス・カスンバ/ミカエラ・コール/テノッチ・ウエルタ/マーティン・フリーマン/アンジェラ・バセット
ナンバー     211
オススメ度     ★★★★


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https://marvel.disney.co.jp/movie/blackpanther-wf

恋人はアンバー

校庭でも教室でも男子と女子は盛りのついた猫のよう。高校は性教育にも積極的でセックスを奨励している。付き合っていなくても胸や股間を触るのは当たり前。映画館では高校生たちがスクリーンそっちのけで乳繰り合っている。物語は、男女交際にはきわめてオープンな田舎町で育った同性愛者の居心地の悪さを描く。少年はホモだとばれるのを恐れている。少女はレズと呼ばれて不機嫌になる。まだまだ同性愛に理解がなかった時代、2人は「正常」を装うために付き合っているふりを続けることで合意、仲のいいカップルを偽装して少しでも好奇の目を逸らそうとする。授業中にいちゃついたり先生にいきなりキスしたりと日本ではありえないが、遠い外国のことで、どこまでがリアルでどこからがファンタジーなのか、その距離感がつかめなかった。

家族や友人の同調圧力から逃れるために、いつもヘッドホンで耳をふさいでいるエディといつも怒っているアンバー。彼らは卒業するまでの期間限定で交際を始める。

エディの父は軍人で、エディにも厳しい訓練を課して男らしく生きることを強いている。アンバーは部屋をカップルに貸して小銭をため街を出ることを画策している。あこがれているのはロンドン、故郷では味わえない、色眼鏡で見られない自由があると信じている。デートで出かけた街のナイトクラブでエディはドラァグクイーンに本心を見透かされ魂が安らぐ。アンバーも女子大生と知り合いお互いにひかれあう。初めて出会った理解者に心を許す2人の姿は、本当の自分を隠してきたことがどれほど生きづらかったかを象徴していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

彼らが通っているのは、いわゆる底辺校なのだろうか。他の生徒も関心があるのはセックスばかりで知性や向上心のようなものは感じられず、目の前の貧困から逃避しているように見える。そんな環境で己が同性愛者であることに気づいた2人は否が応でも偏見という現実にさらされる。そのあたりを深刻ぶらずコミカルに処理しているが、いまいち共感できず、話に乗れなかった。

監督     デビッド・フレイン
出演     フィン・オシェイ/ローラ・ペティクルー/シャロン・ホーガン/バリー・ウォード/シモーヌ・カービー
ナンバー     209
オススメ度     ★★


↓公式サイト↓
https://dating-amber.asmik-ace.co.jp/

チケット・トゥ・パラダイス

愛しい一人娘の暴走を止めなければならない! 離婚し、その後もいがみ合っていた熟年男女は、一世一代の危機とばかりに休戦協定を結び共同戦線を張る。物語は、卒業旅行先の南国の島で現地の若者と恋に落ち結婚すると言い出した娘を翻意させるために策をめぐらせる元夫婦の奮闘を追う。若気の至りで将来を決めても後悔するだけ。自分たちと同じ轍を踏んでほしくない。そんな思いばかりが先走り、娘の気持ちを考えず婚約者の人柄も見ようとしないふたりは、“成功した米国白人” の傲慢さが漂う。一方で、島で慎ましく生きる人々は穏やかな人間関係に恵まれ、物質的に豊かではなくても幸せそう。競争とそれが勝者にもたらす富よりも、平凡だが満ち足りた暮らし。人生に必要なのはどちらなのかこの作品は教えてくれる。

リリーの結婚式に招待されたデヴィッドとジョージアは機内で鉢合わせするが、結婚反対の意見は一致。とりあえず様子を見て、臨機応変に式を中止にする作戦を立てようと合意する。

ジョージアは、“女もキャリアを積んで成功を目指せ” と教育を受けた世代。デヴィッドと離婚後も画廊経営者として活躍している。彼女に育てられたリリーも当然キャリア志向で、ロースクールでは総代を務めるほどの成績を残している。だが、海で助けてくれたグデの透明な瞳に一目ぼれする。弁護士としての未来をあっさり捨て、言葉も文化・宗教も違う世界で愛する人との生活を選ぶのだ。常に上昇志向を持ち続けなければ生き残れない社会に息苦しさを覚えていたのだろう、「嫁に行くのが女の幸せ」という古い価値観を選択する姿がかえって新鮮だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ところが、デヴィッドとジョージアも島の美しさに少しずつ魅了されてくる。もう若くないけれど引退するほど老いてはいない。あくせく働かなくてはならないほどカネに困っていない。人生をやり直す最後のチャンスかもしれないという考えが頭をよぎり始める。ナイトクラブで披露した20世紀風のダンスが、彼らの青春もまだ終わっていないと訴えていた。

監督     オル・パーカー
出演     ジュリア・ロバーツ/ジョージ・クルーニー/ケイトリン・デバー/マキシム・ブティエ/ビリー・ロード/リュカ・ブラボー
ナンバー     207
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://ticket2paradise.jp/