こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

サン・セバスチャンへ、ようこそ

創作よりも批判、愛よりも嫉妬。年老いてなお人生の意味をシニカルに問い続ける男は、周囲の状況に振り回され、夢と空想に己を投影させていく。物語は、妻の浮気に葛藤する男の苦悩を描く。仕事とはいえ、才気あふれる長身イケメンにぴったりと寄り添っている妻にあからさまな不快感を示すが問い質す勇気はない。耳に入ってくるのは聞きたくない情報ばかり。やがて些細なことが気になりだし、すべてをネガティブにとらえてしまう。ルックスはイマイチでもインテリを自負していた男はプライドをずたずたに引き裂かれ、ますます気持ちは内向きになっていく。タイトルロールから音楽の使い方、皮肉にあふれたセリフなどNY時代から培ってきたウディ・アレン調が完全復活、一方で老いの哀しみがにじみ出た映像はコミカルで切ない。

新進映画監督・フィリップと妻のスーの関係を疑うモートは、スーの仕事先の映画祭に同行する。宣伝担当のスーはフィリップにつきっきりで、モートが割り込む余地はない。

スーとフィリップは完全にデキているのに、手をこまねいているだけのモート。かつて映画論を教えていた彼はフィリップの作家論が鼻持ちならない。だが、フィリップの新作がヌーヴェルヴァーグの再来と評価されると圧倒的な敗北感に苛まれ、体調不良を訴え病院に行く。医師は意外にも美女でNYの話題で盛り上がる。彼女もまたアーティストと結婚した一方で、その奔放なパッションについていけず苦しんでいる。モートがトントン拍子に女医とデートにこぎつける展開は老人の妄想と思えなくもないが、彼女はモートが提供するような知的な話題に飢えていたのだろう。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

モートは小説を執筆中だが、大風呂敷を広げたまま一向に筆は進まない。身近な人々はモートの博識に感心するが、やがてその蘊蓄自慢と小難しい話し方に辟易し始める。スーの心が離れたと知って初めて、自分が退屈な男だった気づくモート。人間関係こそが人間の最大の悩み、その普遍的な落としどころは美しい街並みにマッチしていた。

監督     ウッディ・アレン
出演     ウォーレス・ショーン/ジーナ・ガーション/ルイ・ガレル/エレナ・アナヤ/セルジ・ロペス/クリストフ・ワルツ
ナンバー     17
オススメ度     ★★★★


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ゴールデンカムイ

突撃ラッパと共に塹壕を飛び出し、銃声砲火の中を敵陣まで走る。銃弾に当たっても倒れない。砲弾が炸裂しても止まらない。銃剣で刺されても怯まない。あらゆる火器・武器の攻撃をものともせず単身敵の塹壕に飛び込み、たちまち死体の山を築いていく主人公の圧倒的な強靭さに目を見張った。物語は、北の大地に隠された大量の金塊を巡って繰り広げられる駆け引きを描く。先住民と手を組んだ退役兵の若者は不殺の約束を守りながら手掛かりを追う。狂信的リーダーに率いられた軍人集団は組織力で勝負してくる。そして前時代の亡霊までが金塊をものにせんと暗躍する。それぞれのグループがけん制し合い出し抜き合いながら金塊のありかを記した地図を集める過程は躍動感にあふれ、自然と調和しながら生きる先住民の知恵がディテール豊かに再現されていた。

二百三高地戦で “不死身の杉元” の武名をとどろかせた杉元は「アイヌの金塊」の話を耳にする。アイヌの娘・アシリパに助けられた縁で、彼女と共に金塊の地図を探す旅に出る。

地図は24人の脱獄囚の体に彫られた暗号を集めなければ完成しない。噂を手繰るうちに、陸軍中尉・鶴見と脱獄囚のボス・土方も地図を集めていると知る杉元たち。脱獄囚を捕えても刺青の絵柄を写生するにとどめる杉元・アシリパコンビに対し、鶴見らは平気で殺して皮をはいでいく。死なない肉体を持った杉元、戦傷で脳機能が亢進した鶴見、さらに80歳超の高齢ながらいまだ意気軒高な土方と、癖の濃いキャラがそれぞれの野望を胸にフロンティアを暴れまわる姿は胸躍る体験だった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

ただ、杉元とアシリパが北海道の雄大な雪景色を背景に旅を続けるシーンは、ほとんどがスタジオで撮影されているのかその寒さがまったく伝わってこない。吐息の白さ、鍋から立ち上る湯気、まつ毛に張り付いた氷など、氷点下の厳寒を表現する方法はいくらであるはず。ヒグマや白狼も作り物ぽかったし、馬橇上の格闘もスピード感が欠けていた。杉元の冒険はまだ始まったばかり、続編に期待したい。

監督     久保茂昭
出演     山崎賢人/山田杏奈/眞栄田郷敦/工藤阿須加/柳俊太郎/矢本悠馬/勝矢/高畑充希/マキタスポーツ/玉木宏/舘ひろし
ナンバー     16
オススメ度     ★★*


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エス

友人が捕まった。せっかくのキャリアが台無しになった。有罪は確実だが刑を軽くするために嘆願書を書いた。物語は、犯罪者となった映画監督の友人たちが、彼の不在をネタに集まり、飲み食いしながら与太話に興じる姿を描く。学生時代から才能の片鱗を見せていた。新作も評判が良かった。なのに、ちょっとした出来心で社会的地位は地に落ち、もう映画は撮れないかもしれない。そんな男のために集まった男女6人が、本題から脱線しまくって些細なことで討論する。酒の勢いでさらに本音が出るともはや手が付けられない。映画の毒に身も心も染まってしまい、30歳にもなってまだ進むべき道が見つからない彼らがひとりの監督の生き方を巡って言い合う過程は、大人になることを拒否し続ける難しさを訴える。

俳優のタカノ、劇団主催のリョウタ、OLのチホ、職業不詳のコンちゃん、ナナコ、ユキノは不正アクセス禁止法で逮捕後釈放された染田を励ます会を開くが、染田は途中で帰ってしまう。

チホは染田と大学の同級で、恋人になり損ねた経緯がある。拘留中の染田の下着を洗濯したり、同じ会社に仕事を紹介したりするなど、他の男と結婚していても何かと面倒を見ている。チホの会社の休憩室で、ふたりが一緒にカレーを食べただけであれこれと憶測を働かせる同僚たちが、他人の噂話でストレス発散しつつも、いちいち誰かの言葉尻を捕えて絡む会話が奇妙なユーモアを醸し出す。一方で、映画・演劇界隈の人々が集合した染田不在の飲み会では、沈黙を作らないためだけに他愛ない言葉遊びを繰り返す。そこには、“俺たちはフツーの生き方を拒んだ特別な人間” という根拠のないちっぽけなプライドが見え隠れし、その滑稽さをデフォルメしたセリフの数々は、どこまで現実の厳しさから夢に逃げ続けられるかを競っているかのようだった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

チホの会社では、染田の評判は良かったのだが、いつしか彼が前科者だということがバレている。必死で染田をかばうチホの涙は、真実の恐ろしさを象徴していた。

監督     太田真博
出演     松下倖子/青野竜平/後藤龍馬/安部康二郎
ナンバー     215
オススメ度     ★★★


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ある閉ざされた雪の山荘で

仲間だけれどもライバル。ライバルだけれども助け合わなければならない。だが、ひとりまたひとりと脱落者が出るうちにお互いが誰を信じていいのかわからなくなる。物語は、オーディションの名目で人里離れた別荘に隔離された7人の俳優たちが見せる人間模様を描く。結果だけがものを言う世界、他人を蹴落としてでも役を勝ち取りたい。一方で迫りくる殺人犯の影におびえながらも自分に疑いがかからないように高速で頭を回転させなければならない。でもこれはオーディションの設定のはず。虚実皮膜の間で葛藤する俳優たちの演劇に対する情熱がリアルに再現されていた。たとえ演技であってもそこに宿る喜怒哀楽は真実でなければならない。なのに、野心や嫉妬、不安や疑心暗鬼に襲われ本性をあらわにしていく過程が、人間の真実に迫っていた。

有名劇団員の本田、雨宮、田所、温子、貴子、由梨江に他劇団の久我を加えた7人は4日間の合宿に入る。2日目の朝、温子が姿を消し、殺されたと認定される。

現場にはヘッドフォンと温子のネイルが落ちていた。明らかに絞殺されたと推察される。だがオーディションにおける設定で、本当に殺されたとは誰も思っていない。ところが3日目に由梨江が姿を消し血の付いた花瓶が見つかると、残った5人の心はにわかにざわつく。もしかしたら殺人犯がいるのではないか。設定と見せかけて本当に殺し死体を隠しているのではないか。そんなあほなことはないと思いつつも、少しずつ劇団内の人間関係が明らかになっていくうちに現実味が帯びてくる。このあたりの濁った感情が興味深かった。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

「役者は嘘をつくのが仕事」という貴子の言葉通り、オーディション自体が壮大な創作の一部で、それを俯瞰すると新作の舞台になるという入れ子構造なのだが、もともとすべてが作り話だったというオチはどんでん返しというよりは壮大な茶番に付き合わされた気がした。雅美は4日間の隠し部屋での監視中、食事やトイレはどうしていたのかと思った時点で気づくべきだった。

監督     飯塚健
出演     重岡大毅/中条あやみ/岡山天音/西野七瀬/堀田真由/戸塚純貴/森川葵/間宮祥太朗
ナンバー     9
オススメ度     ★★*


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ビヨンド・ユートピア 脱北

韓国人牧師の元にかってきた1本の電話。夫婦と老婆と幼い2人の子供が救出を待っている。カネもあてもなく、捕まれば命はない。牧師はすぐに脱出計画を手配して動き始める。映画は、国境を越え中国に入った一家五人の脱北者の逃走に密着する。援助してくれるブローカーはカネでしか動かない。基本は徒歩か自動車、渡河時だけ船に乗る。中国大陸を縦断してベトナムラオスを経るが、北朝鮮の友好国家では絶対に当局に見つかってはならない。それでも長い逃亡生活の間には、一息つけるセーフハウスが用意されていて、徐々に彼らは外の世界に慣れていく。初めて口にする美味しい食べ物でおなかを満たした彼らの表情から少しずつ険しさが取れていく過程が、北朝鮮という国家の実態を饒舌に語っていた。

キム牧師の元にビデオ通話が入り、脱北した5人家族が行き場をなくし困っていると言う。礼金を用意できない脱北者はキム牧師のような資金を持つ慈善団体に押し付けられる。

5人は中朝国境から中越国境を目指す。脱北者には懸賞金が掛けられている。クルマでの移動、当局に見つからないように息をひそめなければならない。その間、北朝鮮国内で密かに撮影された映像が挟み込まれる。近代的なビルが林立するピョンヤンに比べ圧倒的に物不足の農村。食料だけでなく道具もインフラもない。人糞を肥料に加工するために供出させるあたり、もはや21世紀の出来事とは思えない。一方で、独裁の象徴であるマスゲームにも切り込む。ダンスや体操を叩き込まれた子供たちが一糸乱れぬパフォーマンスを見せる裏側では、血のにじむような訓練が日々行われている。恐らく全国から選抜されたフィジカルエリートなのだろう。脱落者がどんな運命をたどるのかは想像に難くない。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

一家5人は無事メコン川を越えタイに入る。そこでやっと自由の身になる。それでも、最年長の老婆は金正恩に対し尊敬の念を抱いたまま。金日成の時代から洗脳され続けていた老婆の心は簡単には変えられないという現実が切なかった。

監督     マドレーヌ・ギャビン
出演     
ナンバー     12
オススメ度     ★★★


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https://transformer.co.jp/m/beyondutopia/

葬送のカーネーション

どんよりと重い鈍色の空。見渡す限り荒涼とした平原。遠くでは雷鳴が轟いている。晴れても風が強くうなりを上げ、朝目覚めると雪景色になるほど夜は冷え込む。物語は、そんな夢や希望とは程遠い風景の中で、棺桶に入れた妻の遺体を故郷まで運ぼうとする老人と、その孫娘の旅を描く。カネも移動手段もない。頼れるのは見知らぬ他人の好意だけ。ヒッチハイクしても棺桶を乗せられる自動車はなかなか通らない。仕方なく老人は自力で運ぼうとするが、目的地ははるか地平線の山の向こう。それでも彼は故郷に埋葬するという妻との約束を果たそうとする。セリフはほとんどない。老人は母語しか話せず、孫娘の名を呼ぶだけ。孫娘も通訳以外は寡黙を強いられる。説明を一切省き、ストイックに目的地を目指す彼らの姿は巡礼のような清廉さに満ちていた。

ワゴン車に便乗させてもらったムサとハメリは分かれ道で降ろされる。棺桶を引きずって歩くうち、羊飼いに手伝ってもらったり農民のトラクターに同乗させてもらったりする。

故郷は戦乱の渦中、果たして無事国境を越えられるかわからない。そこにたどり着こうとする意志は、己の心に残ったわだかまりに決着をつけるためなのか。何があったのかはわからない。ハメリの両親は死に、ムサが唯一の保護責任者なのは確か。ハメリは見聞したことをスケッチし、そこから断片的に彼らがどんな行程を経たのか想像できるが、それ以外の部分はイマジネーションで補うしかない。きっとつらい思いをしたのだろう。耐えがたい哀しみに見舞われたのだろう。その過程で、どんな状況でも人は生きなければならないというメッセージが浮き彫りにされていく。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

宇宙の広大さに比べれば数十年の一生なんて無意味かもしれない。故郷は空爆音や銃声が鳴り響いて、悲惨な内戦が続いている。だが、自分の記憶を深く掘り下げれば、確かに誰かと幸せを共有した出来事が思い出される。それだけでも人生は前に進む価値はあると思わせる映像は、しみじみとした後味を胸に残す。

監督     ベキル・ビュルビュル
出演     シャム・シェリット・ゼイダン/デミル・パルスジャン
ナンバー     11
オススメ度     ★★★


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https://cloves-carnations.com/

カラオケ行こ!

ふと耳にした天使のような歌声。少年の喉から発せられる澄み切ったソプラノは、歌下手なヤクザの胸を貫く。物語は、合唱コンクールを目指す中学生とカラオケ大会でカッコよく歌いたいヤクザの交流を描く。面子をかなぐり捨てたヤクザは少年に歌い方の教えを乞う。変声期を迎え合唱部と距離ができ始めている少年は、最初は脅え嫌っていたヤクザに強く求められるうちに彼と過ごす時間が楽しくなっていく。その過程で少年は、こわもてのヤクザも腹を割って付き合えば意外と人間的な魅力があると気づく。優等生だけれど反抗期にも差し掛かった中学生と全身入れ墨だが根は優しいヤクザが生み出す人情のハーモニー。人の運命は思わぬきっかけで変わり、その流れに乗る人生も悪くない。未知との遭遇は世界を広げてくれるのだ。

聡実の歌声を聴いた狂児は聡実に弟子入りし、毎日強引にカラオケに誘ってはレッスンを受ける。組長の前でうまく歌えないと罰が待っていると狂児から聞かされた聡実は改善点を伝える。

「紅」をカッコよく歌いたい狂児に裏声は気持ち悪いと指摘する聡実。歌の意味を理解せず表層をなぞっているだけの歌い方にダメ出しし、歌詞の英語パートを和訳して作者の苦悩と哀しみに共感させようとするシーンは、感情を込めて歌う大切さを教えてくれる。さらに、狂児の仲間が自己流丸出しで歌うと厳しく批判し、ヤクザが土下座して聡実の言葉に耳を貸す。自分の歌を聴くのは自分を見つめ直すこと。カラオケといえども選曲と歌い方に、大げさにいえば生き方そのものが投影されるのだ。聡実にとっても、いまや部活よりカラオケボックスが居心地いい。2人の熱唱は、真剣に取り組んでこそ歌は楽しいと訴える。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

後輩の怒り、お気楽な顧問、映画鑑賞会、音楽論、父親の傘の趣味、口うるさい母親etc. 聡実と狂児を巡る人々との、日常に宿る些細なやり取りがディテール豊かに再現されている上、大阪弁による絶妙のボケとツッコミを構成する脚本が素晴らしく、思わず腹を抱えて笑ってしまった。

監督     山下敦弘
出演     綾野剛/齋藤潤/芳根京子/橋本じゅん/やべきょうすけ/チャンス大城/八木美樹/後聖人/坂井真紀/宮崎吐夢/ヒコロヒー/加藤雅也/北村一輝
ナンバー     10
オススメ度     ★★★*


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https://movies.kadokawa.co.jp/karaokeiko/