こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

葬送のカーネーション

どんよりと重い鈍色の空。見渡す限り荒涼とした平原。遠くでは雷鳴が轟いている。晴れても風が強くうなりを上げ、朝目覚めると雪景色になるほど夜は冷え込む。物語は、そんな夢や希望とは程遠い風景の中で、棺桶に入れた妻の遺体を故郷まで運ぼうとする老人と、その孫娘の旅を描く。カネも移動手段もない。頼れるのは見知らぬ他人の好意だけ。ヒッチハイクしても棺桶を乗せられる自動車はなかなか通らない。仕方なく老人は自力で運ぼうとするが、目的地ははるか地平線の山の向こう。それでも彼は故郷に埋葬するという妻との約束を果たそうとする。セリフはほとんどない。老人は母語しか話せず、孫娘の名を呼ぶだけ。孫娘も通訳以外は寡黙を強いられる。説明を一切省き、ストイックに目的地を目指す彼らの姿は巡礼のような清廉さに満ちていた。

ワゴン車に便乗させてもらったムサとハメリは分かれ道で降ろされる。棺桶を引きずって歩くうち、羊飼いに手伝ってもらったり農民のトラクターに同乗させてもらったりする。

故郷は戦乱の渦中、果たして無事国境を越えられるかわからない。そこにたどり着こうとする意志は、己の心に残ったわだかまりに決着をつけるためなのか。何があったのかはわからない。ハメリの両親は死に、ムサが唯一の保護責任者なのは確か。ハメリは見聞したことをスケッチし、そこから断片的に彼らがどんな行程を経たのか想像できるが、それ以外の部分はイマジネーションで補うしかない。きっとつらい思いをしたのだろう。耐えがたい哀しみに見舞われたのだろう。その過程で、どんな状況でも人は生きなければならないというメッセージが浮き彫りにされていく。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

宇宙の広大さに比べれば数十年の一生なんて無意味かもしれない。故郷は空爆音や銃声が鳴り響いて、悲惨な内戦が続いている。だが、自分の記憶を深く掘り下げれば、確かに誰かと幸せを共有した出来事が思い出される。それだけでも人生は前に進む価値はあると思わせる映像は、しみじみとした後味を胸に残す。

監督     ベキル・ビュルビュル
出演     シャム・シェリット・ゼイダン/デミル・パルスジャン
ナンバー     11
オススメ度     ★★★


↓公式サイト↓
https://cloves-carnations.com/