生きた羊を腰に巻き付け、その四肢を体の前で縛ってオートバイで運ぶ男。もう馬に乗る者はいない、牧羊農家にも押し寄せてきた近代化の波を象徴するシーンは、ノスタルジーの中にもほのかなユーモアが含まれていた。物語は、チベットの平原で暮らす家族の葛藤を描く。国策で産児数が制限されている。すでに3人の息子がいるヒロインはもうこれ以上子育ての苦労をしたくない。なのに、避妊具不足と夫の強い性欲から、思わぬ妊娠をしてしまう。中絶を考えても、肉親の転生と言いくるめられる。1980年代、開放政策が始まった都市部とは違い、農村部ではまだまだ伝統的な宗教観や慣習が根強く残っている。イデオロギーや経済格差とはまた違う、女ゆえの圧倒的な閉塞感がリアルに再現されていた。
夫、義父、3人の息子を支えるドルカルは町の女医を訪ね避妊手術を頼むが断られ、代わりにコンドームをもらう。だが、それも小さな息子たちが見つけ、風船代わりの遊具にしてしまう。
彼らが飼う羊は西欧の羊のようにおとなしくない。捕まえようとすると逃げ回り、勢いよくとびかかってもするりと身をかわす。虱退治の薬用液に浸ける時も、先がフック上になった棒で角をひっかけて無理やりプールに放り込まなければならない。一方で、町に出ると共産党のスローガンが見られるが、彼らの住むあたりにはそもそも横断幕を掲げる場所がない。地平線まで続く草原とはるか彼方にそびえる高峰そして澄み渡った高い空は、彼らの求める “豊かさ” や “幸福” の質が資本主義社会とはまったく異質なものであると訴えていた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
ドルカルの出家した妹が夏の間身を寄せている。町で教師をする男とかつて恋愛関係にあったようで、彼との交際が原因で尼僧になった様子。そんな彼女が、ドルカルが隠し持っていたコンドームに嫌悪感を示す。他方、強調される種羊の大きな睾丸。男の絶倫は評価されるのに、女は性を口にすることすらはばかられる。欧米よりも男女同権が早く進んだ社会主義国といえども、それが辺境にまで伝わるのは先の話なのだ。
監督 ペマツェテン
出演 ソナム・ワンモ/ジンパ/ヤンシクツォ
ナンバー 14
オススメ度 ★★★