隊列を組んで走る兵士たち。要塞のような監獄跡には、歌うような調子で息子の死を嘆く母親がいる。狭くて寒い宿舎に詰め込まれた女兵士たちは日の出とともに前線に赴く。夜に漁をする男の背後では町が燃え盛っている。死と暴力が日常となった世界、それでも人々は日々の糧を得るために働き続けなければならない。カメラは中東の紛争地域に生きる人々を見つめ、その思いを語らせる。怒り、悲しみ、憎しみ、そしてあきらめ。いつまた砲撃されるかわからない。戦闘に巻き込まれるかもしれない。人質として交渉道具にされる可能性もある。過去に自分や身内が被害に遭った者はその理不尽な運命を呪い、今まで無事だった者は不幸に遭わないように祈る。つねに緊張し脅えて暮らす。今日1日生き延びることが彼らにとってどれほど過酷かをこの作品は訴える。
イラク、シリア、レバノン、クルディスタン、それぞれの国境地帯、いつ再開してもおかしくない戦闘に備えて兵士たちは訓練と警戒を怠らず、市民は不自由な生活を強いられる。
ISISのならず者たちに占領された地域から脱出してきた少年少女たちの証言が衝撃的だ。村を焼き人々を拷問した上に殺したと少年は語る。理由もなく打擲された上、ヤシディ教徒は焼き殺されたと少女は重い口を開く。この世の地獄を体験した彼らは、心の安定を取り戻してはいるが、きっと深いトラウマに悩まされているのだろう。ISISの蛮行の数々をクレヨンで再現した絵は、幼い筆致ゆえに残酷さがリアルに伝わってくる。もはや不条理に対して不感症になってしまったかのような力のない瞳は彼らの絶望を物語っていた。
◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆
一方で精神科病棟ではひたすら破壊を続ける映画を患者に見せたり、患者に台本を渡して芝居の稽古をさせたりしている。戦時下では社会的弱者がいちばんしわ寄せを食うことが多いが、ここで過ごす患者たちは虐待を受けているような様子はなくむしろ幸せそうにさえ見える。正常な感覚を維持している人々は生命の危険を感じる日々だからこそ、彼らが特別に見えた。
監督 ジャンフランコ・ロージ
出演
ナンバー 30
オススメ度 ★★★