こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

選ばなかったみち

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あの時どうして妻の誘いを断ったのか。あの島で声をかけた若い女は今どうしているだろう。断片的によみがえる過去はディテールまで覚えているのに、現状は娘の顔も思い出せず言葉も満足に出てこない。物語は、重度の認知症を発症した男と彼を介護する娘の一昼夜を追う。介護士はいるけれど、通院は任せられない。現状を理解しているのか疑わしいが、とりあえずタクシーに乗せる。もはや意思や思考は消えている。だがわずかに残った感情が、彼の脳内で愛をリフレインさせている。一方で、娘はそんな父に嫌な顔一つ見せず、むしろ彼の尊厳を守ろうとする。父の前で父の病状について語ろうとする医師に毅然とした態度を取る娘の姿が、人格を失いかけた老人に向けられた世間の目に対する強烈な抗議になっていた。

かつて作家だった父・レオを歯科医に連れて行こうと彼のアパートにやってきたモリー。ビジネス会議に遅れると連絡を入れながらもレオの面倒を見るが、レオは手を焼かせてばかり。

レオは深い後悔を抱えている。記憶の中にいる妻とは死者に対する考え方で意見が食い違っているようだ。なんとか連れ出そうとする妻に対し、かたくなに拒むレオ。また、美しい海辺に滞在したときに出会った金髪の若い女に感じたときめきも忘れることはできない。現実を認識できないのに頭の中の人生は鮮明。そしてホリーは彼に振り回されながらも、なんとか父が心安らかに過ごせるよう、気の休まる暇もないほど動き回る。要介護老人を抱えた家族の身を削るような日常がリアルに再現されていた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

夜、レオは徘徊を始め、裸足で歩き回った挙句、整備工場で保護される。移民の男が親切にレオの面倒を見てやるシーンが、自由主義を信奉するNYの人々の中にもまだまだ厚い人情が残っていることを示す。老親の介護は誰がすべきか。行政はどこまで立ち入るべきか。家族に頼るのは甘えなのか。誰もが親よりも自分を大切にする。「選ばなかったみち」に進んだ者の葛藤は消えることはないとこの作品は訴える。

監督     サリー・ポッター
出演     ハビエル・バルデム/エル・ファニング/ローラ・リニー/サルマ・ハエック
ナンバー     40
オススメ度     ★★★


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