こんな映画は見ちゃいけない!

映画ライター・福本ジローによる、ハリウッドの大作から日本映画の小品までスポットを当てる新作映画専門批評サイト。

658km、陽子の旅

休憩から戻ってきたら置き去りにされていた。スマホは壊れたまま、所持金もわずかしかない。仕方なく、ありったけの勇気と声を出して見知らぬ人にお願いをする。物語は、父の葬儀に出席するために故郷を目指す女の旅を描く。在宅勤務でほとんど引きこもり状態、暗い部屋でパソコン相手に会話のない生活を長年続けているうちに、コミュニケーション能力を失ってしまった。だが、外の世界に突然放り出された今、他人の助けを借りなければ目的地までたどり着けない。やっと乗せてもらったクルマでも何を話していいのかわからず相手の話を聞いているだけで、気の利いた返答ができるわけでもない。希望の見えない暮らしで自分の領域から出ずに長年過ごしてきた彼女の、負け犬根性の染み付いた立ち居振る舞いが印象的だ。

高速道路のSAに取り残された陽子はヒッチハイクを決意、手当たり次第にドライバーに声をかけるが一向に成功しない。やっと乗せてもらった軽自動車で人気のないPAまで運んでもらう。

黙って後部座席に乗り込んだ後は口を開かない陽子。最低限のマナーすら欠けていて、いかにも社会の落伍者という雰囲気を漂わせている。ドライバーの女を楽しませたわけでもないのに、さらにカネを貸してくれなどと図々しいことを言う。降ろされたPAはトイレと自販機しかない寂れた場所。立ち寄るクルマは極端に少なく、陽子は冷え込む夜まで滞在する羽目になる。暗がりからフラッと現れたら幽霊と見間違えるほど陽子は生気がない。脅えとあきらめと戸惑い、そして誰かがなんとかしてくれると願う依存心が入り混じった彼女の感情を、菊地凛子が陰気な表情でリアルに再現していた。

◆ネタばれ注意! 以下 結末に触れています◆

その後、親切な農家の老夫婦に親切にしてもらい人を信じる気持ちを持つようになる陽子。夢破れた後はずっと軽んじられてきた彼女が、やっと人間らしく扱われて、過剰なほどの謝意を示すあたり、本当は人のぬくもりを求めていたことを暗示する。その姿は、彼女にも少しは明るい未来が待っていると予感させる。

監督     熊切和嘉
出演     菊地凛子/竹原ピストル/黒沢あすか/見上愛/浜野謙太/仁村紗和/篠原篤/吉澤健/風吹ジュン/オダギリジョー
ナンバー     143
オススメ度     ★★★


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